こんにちは、お臍が膿んじゃって痛みをこらえている、みちです☺️
もう本当に3週間経つのに、膿が止まらないって言う辛さ。とにかく、抗生剤を!
こんな状態の中で、、、。
どうやら、マイケルジャクソンの名誉挽回キャンペーンが、まことしやかに進んでいる?のだろうか?
YouTubeのおすすめで、マイケルと一緒にステージに立っていた日本人女性ダンサーの動画が現れた日から、中学1年以来、35年ぶりくらい、再びハマってしまった。
で、まずは自伝から。
田中康夫さん翻訳って、彼は確かに作家だったんだな、と。タレントみたいな記憶だったので意外に感じたが。
テープの書き起こし体裁の、会話口調だったものの、ジャクソン5時代からスリラー辺りまでの、5歳から29歳までのエピソードは、なかなかの量と質。
のちに彼を苦しめることになる数々のスキャンダルの種を探しつつ読んでしまった訳だが、
とにかく、彼は創作意欲満載で、頑張り屋の、練習しまくり派、家族想いの、優しい人、という印象を強く持ったのだった。
ま、自伝だから。
とはいえ、思いの外、自作の楽曲や演出が多くて、彼はシンガーソングライターで、ダンサーであったのだな、と。
天才というよりも、5歳からたくさん経験を積んだ努力の人だった。
9歳でスターになり、14歳で自我に目覚め、周りの演出に合わせるのが難しくなった事、ニキビが辛かった事、母親がエホバの証人だった事、父親との確執、なども初めて知ったのだ。
幼少期に遊ぶ時間がなかった辛さは、
childhoodという曲で、彼の気持ちを垣間見る事ができる。
唯一、彼の言動で気になった箇所は、
「僕は、ノーと言えないんだ。」
誰に強制されてた訳ではないが、頼まれると断れないというニュアンスで、スリラー後のジャクソンズとしてのツアーも、行きたくなかったけど、家族のためだとしていた。
後には、どんな形であれ、市場発の売り上げ記録を出せたのだから、感謝としての意味があったのだ、と言い聞かせてるところである。
こんな、優しさにつけこまれたのか?あんなに、メディアから叩かれて、数々の訴訟を起こされたのは。
虐待疑惑の真相は?
失った子ども時代を取り戻すための空間が、かのネバーランドなのだが、あいにく自伝は29歳当時で、スキャンダルはその後の出来事である。
というわけで、マイケルの後半生は、違う本でまた新発見をすることとなった。
29歳当時では、映画を撮る夢を膨らませていて、スリラーやBADなどのミュージックビデオのことを、彼はショートフィルムと呼んでいた。
夢かなわず、その後50歳までのマイケルに何があったのか、振り返ってみたい。
みなさんは、どんな記憶がありますか?
ではまた!